想い出の樹の下で


お花屋さんのエルちゃん♡
by haniel
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イースター

4月1日がイースターになるのは何年かに一度のことです。
気のせいか背筋がピンと伸びる感じがします。
イースター礼拝では、お一人のかたに洗礼が授けられました。
とても嬉しいイースターです。
お祝いの愛餐会では、みなさんでサンドイッチを頂き、讃美歌「うるわしの白百合」を歌いました。

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イースター礼拝のメッセージ、週報に掲載されている要旨です。
聖書 ルカによる福音書 24:13~35

〝 ハートに火をつけて 〟     

聖句「二人は、『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った。」(24:32)

1.《女性たちの証言》 十字架の時も留まっていた弟子たちが、エルサレムを後にしてエマオを目指して歩いています。仲間の女性たちの証言(空っぽの墓、天使の御告げ)に愛想が尽きたのです。当時、女性の証言などは法的信頼性を認められてはいませんでした。女性の証言は虚言と見られたのです。しかし福音書では、主の復活の最初の証人は女性たちであることが強調されています。

2.《聖書が心を開く》 証言の正当性を示すために「エマオ途上」の弟子は男性2名なのです。女性たちの証言を認めなかった彼らに、復活の主が顕われて「この馬鹿」「心が鈍い」と叱り付けるのです。ヘブル語でもギリシア語でも「心」は思考の座です。そこで弟子たちは目覚めるのですが、その契機と成っているのがイエスさまと共に食事をする「愛餐/アガペー」です。主の愛によって彼らの目は開かれます。もう1つは「聖書を開いていた」時です。彼らの思い込みとは異なる、別のイエスさまの御姿、別の聖書の読み方、捉え方に気付いた時、新しい気付きが与えられ、彼らの「心は燃えていた」のです。

3. 《心に小さな種火》 ロケット発射のカウントダウンで「イグニション/点火」という語が使われます。これは「点火の物語」なのです。「心が燃えている」と言うと、私たちは熱狂的なクリスチャンの姿を想像しますが、心は感情の宿る場所ではなく、思考の宿る場所です。「理性は、神が魂に点火した光なり」(アリストテレス)です。轟々と燃え盛る炎ではなく、ランプやキャンドルの灯火、炭火や熾き火、種火のイメージです。その炎は人や家、暮らしを焼いたりしません。闇の世界を一瞬にして明るくしたりしません。私たち自身の闇を照らし、足元を照らし、一隅を照らす奥床しい小さな光なのです。 


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by haniel_lilium | 2018-04-04 23:03 | 教会 | Comments(0)
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